【販売員魂、販売スタッフ魂】

基本に忠実、チャレンジ精神

 2000年代半ばの頃です。私は支店の仕入れ担当でした。高級婦人服も私の担当です。売場名は今はあまり見かけなくなりましたね、プレタポルテ売場です。

 そこに中堅アパレルのブランドがあり、そこの店長を大変尊敬していたという話です。

 私が赴任時、年齢は63歳か64歳。当時なら本来年金生活者となっている年齢です。姿勢の良い方で、地元生まれの地元育ち、早口の江戸弁で話し、快活でありながら、丁寧な話しぶりの爽快な方でした。

 そのブランドは、各店舗の店長が発注予算に基づき発注をする形式で、展示会が行われていました。そこでは彼女は常に私に言うのです。

 「私が発注しているんだから、在庫を残して困るとか、売れないとかあるはずないでしょ。自分のところのお客様を頭に浮かべながら発注しているんだから。でもね、バイヤーから見て、これは増やしてとか、この品番はやってねという意見があれば、教えてください、発注付けますから」

 「この品番もらうならさぁ、こっちの品番もらわないと売場作りできないわよねぇ。そんなに売れないのは分かってるけどね、VMD考えて発注しないと売場がおかしくなるからさ」

 「色数だってそうだよ、注意しないと幅のない展開に見えるようになっちゃう」

 還暦以上でこんな風に3か月から半年先の展開を想定して、売場を思い浮かべて発注業務ができるとは関心しきりです。

 そのブランドの営業責任者は私の店舗までその店長の店頭展開とVMDを見させるために、配下の営業担当全員に来店を指示したくらいです。

 私はその期間、色んな方と挨拶し、小さいながら力のあるショップの存在として、その店長の手腕に感心したものです。

 また、売場ではいつもこんな感じ。

 「お客様少ないからさぁ、こうやって毎日什器磨いてんの。ピカピカでしょ、メッキもとれちゃうよ」

 「もうさぁ、10数年ショップの改装も無いし、什器もガタきて、傾いてるんだけどさ、お辞儀しているみたいだねぇ、ショップも什器もごめんなさいだぁ、でも古くても大事にしなきゃねっ」

 なのでショップはいつもキープクリーンキープフレッシュ。お客様本位で、基本に忠実な業務、技量から発注も基本に忠実、先を見ながら、さぼる事無く毎日の業務を行っています。

 「ショップが暗くて遠くからみえないんだよねぇ」と毎日聞いて、私も動きます。熱意でもって取引先にお願いをしました(費用が取引先なので)。結果、演出照明は増灯です。

 口説くのは結構な骨折れでしたが。「絶対無理かと思った」なんて言いながら、それ聞いた店長喜んでいました。そんな姿を見ると、私の苦労なんて簡単に飛んでいきます。

 そんなある日店長から相談を受けます。

 「バイヤーさぁ、ひとチャレンジしたいんだけど、良いかなぁ?力添えしてもらえないかねぇ、会社口説いて欲しいんだよねぇ」と。

 内容は、希少動物の獣毛のオーダーコートを外商の超優良顧客に売り込んでみたいという内容です。もちろん私の回答は「良いですよ、やりましょう!」です。ビキューナの生地からオーダーコートを誂(あつら)えるのがその内容。

 展示会でその生地を見ている私はこれまた、すぐアクションを起こします。価格が1千万以上でした。なので、全国でも数店舗しか受注できません、実施確約を急ぎます。ただ商談では、思いの外あっけなく「やりましょう」となります。日々のコミュニケーションの賜物。

  その後、お客様ををお呼びした日は大変です。超優良顧客の大きな買い物が決まるかもしれないということで、支店長、部長、フロア課長、外商の責任者、担当者が勢ぞろい。

 生地の黒とベージュの2色から選んでもらいます。先に生地選びで、日を改めて採寸(採寸は取引先が行います)。しかし、これまたあっけなく、お客様が「頂きましょう」となります。その際に少しでも想像しやすいようにと用意した、ストール(40万)もお買い上げされました。

 更に驚くことに、お客様が2色とも作ってもらいましょうとご購入をお決めになります。3千万弱の入金なんて私は初めてです。

 外商カードの限度外してもらい、レジに打ち込んだら、レジの表示は、「入力金額に間違いはありませんか?」だって。

 先輩と一緒にレジ打ちしましたが、その先輩も初めてそんな画面見たと発言。緊張してますが何だか楽しくなります。

 その時、店長が慌てた様子で私に質問をしてきます。お客様が、「生地を触りながらベージュより黒の方がかたい気がするって言うんだけど、あり得る?」と。

 私は即座に回答します。「染めでは黒の方が染めがきつくなります。一般的にはそういう意味で黒がかたく感じることはあります。ただ、今回のビキューナでは自分が触っても差を感じない出来で、触感で分かるとはにわかには思えません」と。

 店長はそのまま説明していました。お客様もちょっと聞いてみただけの様子でご購入の変更はありません。何だかホットした気持になります。

 チャレンジは良い結果でした。私は婦人衣料畑中心に仕事をしてきていたので、その高額品の販売に立ち会うことで、更に物を売る際の幅を感じます。そのショップ店長にに感謝です。数か月後のお納めも無事に終了し、最後は店長とにっこりの合図。

 基本に忠実な業務で、顧客管理や、お客様が何を求めているかまで、よく知っている店長。中々会える技量ではありませんでした。

 それから5年ほどたって(私は転職しています)、表参道で遠目にその店長を見かけます。もうその時は70歳手前のはず、颯爽と歩く姿は以前のままでした。

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