【不思議な縁で助かりました】

人と人との繋がり

 2000年代前半の話です。その時、私は本店の特選婦人服の仕入れ担当でした。同時に取引先の窓口でもあります。品揃え、装飾、販促、社内調整、報告書や提案書作成、ショップの出退店や費用の問題、会社の方針の伝達など何でも担当しておりました。

 売場長に権限のあるスタッフの異動に関しても商談を行ったりしています。何でも屋と言えるような業務です。そんな時、服の修理、縫製方面の議題が上がります。縫製所は百貨店内には概ねあるもの。バックヤード業務では一番お世話になる部門かも知れません。その縫製所関連の組織変更。それが動き出したのです。

 店頭では修理という言い方をしますが、修理には多くの費用が掛かる場面がありました。

 例えば、定価1,000円でお客様から修理代を頂き、縫製所で指示に基づき、修理箇所を開いてみたら、指示通りの修理ができず、別の手法で解決した。しかし、手間がその分かかり、費用は1,500円になったとします。現場では接客時の経緯上、改めてお客様に500円を請求できず、館がその差額の500円を負担するという費用です。

 その負担は一売場で、半期で50万超前後、年で100万超。そんな売場があちこちにあると(婦人・紳士中心)、数千万超えの費用負担になります。

 それを解決せよというのが、議題でした。特にミセスの多い特選売場は大変です。加齢に伴う体形の変化は、服の修理機能を利用して、ファッションを美しく、楽しく着てもらおうという要素が多分にあるからです。

 改革の内容は、百貨店縫製所傘下に出入りの修理業社(取引先の提携先)に入ってもらうのを100%とし、全て店頭接客時点でお客様とお約束した金額以上に、費用を動かさないというものでした。

 それ以前は、縫製所経由で支払いがあるものの(修理伝票が統一なので)、お足の出た費用を百貨店が負担していました(もちろん縫製所管轄で完結するものも同様)。

 百貨店側から取引先に発信が出た時の反応は凄まじいものでした。大反対の嵐です。何でも担当の、仕入の私は1社1社説得せねばなりません。本当に骨の折れる業務です。数か月かかりました。

 何とか説得でき収束してきた頃に、それでも大手の1社が納得しません。はるかに他の取引先を上回る剣幕です。手の負えない先は上司にも商談に同席願いましたが、中々説を曲げないのです。

 はっきり言ってその取引先は怒っていました。その取引先、皇室にも出入りがるというデザイナー企業、修理代に年間1億以上の予算をつけ、専属のその業界の先生を招聘していて、それ用の部署もあり、お洋服を良い状態で来てもらいたいという一念でそこまでしているとのこと。その徹底ぶりには感心しました。

 ただ組織変更に「うん」と言ってくれない。困り果てました。百貨店であっても同様のことは行っており、縫製所に修理の先生がいます。内線一本で呼び出され、現場に行きお客様の体形と適切な手法での修理工程、費用などのアドバイスを実施していました。程度の差はあれ、行いは一緒です。

 説得にはその一点しかありません。お互いに先生、お互いにそれで動いているなら同等と思って欲しいと。

 先方の回答は奮っていましたよ。「その先生とやらを、うちの先生が指導するから、スケジュールを作ってご来社願いたい、うちの先生の考え、方針を理解した上での運用なら不承不承でも了解する」という条件。

 それで私はすぐさま縫製所に連絡、先方にアポを入れるように伝えます。先方の出した条件をクリアできるなら、私のこの業務は着地です、なるたけ早い方がいい。

 中目黒に本社のあるその会社に行って、講義をうけて欲しいと依頼します。数日後にその講習は行われました。私は気が気じゃありません、不調に終わり、ごたごたのように再燃したらどうしようって。そうしたら、また初めから出直しで、さらに交渉の切り口もあまり無く・・・、頼りにした縫製所の先生が否定されたりしたら・・・と心配しきりです。

 講習会開催日の翌日、そのデザイナー企業の営業担当から連絡があります。無事に終えたと。

 中身を聞いて、びっくりしたのは私です。人の縁っていうのは不思議です。デザイナー企業は、億単位の予算付けをしたり、業界でも有力な方を招聘したりして、部門として機能させていた企業です。それでも結果はあっけないものです。

 そのデザイナー企業の言う先生がそこに至る駆け出しの頃、指導を受けた先生こそが、私たち送り込んだ先生でした。

 「えっ、先生だったのですか!」が先方が発した言葉だそうで、「先生が見てらっしゃるなら安心だ」となり、講義ではく、十数年の時を埋めるように昔話をしてその講義は終了だったとの事。

 気負っておいて結果は穏当なものになりました。人と人の縁は不思議なもので、バチバチ喧嘩のような商談を繰り返しておきながら、人の縁でかえって百貨店の縫製場の担当先生の信頼がゆるぎないものになりました。

 もともと持っていた信頼なのか、勝ち得た信頼なのか。表に出ないと分からない、人の縁は大事です。

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